ぐだぐだだけど。

ライオンズを中心にぬるーく、テキトーな感じで。文章・画像の無断転載はご遠慮ください。いや、絶対だめ。

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麗しの小野寺力 Part4

今夜の野球は~ ノノンノノン うるわしの夜は文化放送~♪
続きの続きの続きです。


高校生からのメール。
力、将吾、ヤスなんかのかっこいい選手にひかれてライオンズ応援しだしたってもの。

感覚としてはアイドルを応援している感覚ですよね
でもありがたいですよね

どっちとして見られたいですか、アイドルとしてか、野球選手としてか
自分はどちらでもいいです
でもやっぱり野球を今、主としているんで


じゃあ、将来はアイドルになると(笑)
はははは、考えて見ます(笑)

お好きな芸能人ってどなただったんですか、昔
今でもいいですけど
ないっすねー

興味ないですか
はい。家でTV見てるってあんまりないですね
いつも外で遊んでるみたいな


そんな小野寺投手ですけど、1980年生まれで2003年の大卒ルーキー、いわゆる松坂世代にあたるわけで、高校時代から有名だった他の同級生達と全く同じプロのスタートラインに、新垣渚とか和田毅とかと立ったわけですよね
そのお気持ちってどうだったんですか?
いやー全然そこまで考えてなかったんですけど、西武ライオンズに松坂大輔っていう選手いたんで、あぁ、一緒にやれてよかったなっていう部分と大丈夫かなっていう不安ですよね、自分に

同級生ですけど、プロとしては先輩にあたるじゃないですか
それよりは他のルーキーどうしですよね、どうですか
やっぱり負けたくないなって
ちょうど長田と後藤武がいるんですけど、やっぱり負けたくないなって思いましたもん


プロになってこれだけは守ると何か心に誓ったことってありました?
プロになってってわけじゃないですけど、努力は必ずしていこうっていう気持ちと、いつも言ってるんですけどファンに近い存在でいたいと

何故遠い存在じゃなくて近い存在でいたいとあえて思ってくださるんでしょうか
自分がそういうエリートっていうとこを歩んでいないっていう部分と、プロ野球選手とファンの距離があると、こうしゃべったりそういう部分でできないと子供達も喜んでもらえないし、話して、プロって近い存在に感じてくれれば、プロになれるかもしれないっていう気持ちでいつも思ってくれればいいなと

そういう風に思われる方っていうのは、大抵こどもの頃にプロ野球選手に「サインくださーい」って言ったのに、ぷいっと横向かれて傷ついたか、逆に優しくされたからボクもそうしようって思うか
でもそういう経験は全然ないんですもんね(笑)
はい、ないですね、全然ないですね(笑)

なのにそこまで思われるってファンの方ってすごく嬉しいと思いますよ
ホント、ファンの方が喜んでくれれば自分は、はい

プロに入っていきなり試練が訪れます。1年目に左ひざを骨折しました
あれは二軍のゲームですか?
そうですね

左ひざに打球が直撃したと
とんでもなく早いライナーだったんでしょうか
はは、自分が投げた球より早かったっすね、ははは

まっすぐ打ち返されたんですか?
はい、そのままです

ちなみに誰の打球だったんですか?
たぶんピッチャーだったと

うそーーーーーー!!!
たぶんピッチャーだったと思うんですけどね

松葉杖生活
送りましたね

凹みませんでした?
ホントにこういうことなんだなって、頭が真っ白、目の前真っ暗みたいな
ああ、こういうことなんだなってのは感じました


こういうことっていうのは?
よく人が頭の中が真っ白にとかそういうような、今まで味わったことなかったんで

ことごとく色々な節目節目、小野寺力投手の野球人生の中で最初の方は色々ありますねー
最初はいつもだめですねー

だめというか、運がなかったというか
はい(笑)

地道にリハビリというのは取り組むことができたんですよね
開き直って、下半身を使えないんだったら上半身を鍛えようと
上半身をずいぶん鍛えて、それがよかった部分もあったと思うんですよね


あんまりピッチャーって上半身を鍛えすぎたらよくないっていいませんか、ウェイトトレーニングで
よく聞きますけど、自分の場合は上も下も鍛えてっていう

リハビリ上手くいったからこそ、9月27日デビューにこぎつけるわけですよね
はい(笑)

ただこれが5万人の大観衆のど真ん中でしたね
ねー、はい

伊東勤の現役ラストゲーム
松坂大輔投手の後をうけましたか、あれ
そうですね(笑)

緊張しないわけがない、力まないわけがないですよね、小野寺力という投手が(笑)
どうだったんでしょうか
大学と一緒のフォアボールですね(笑)
背中が熱くなって足がふわふわして、なんだこれみたいな


ブルペンでていくときに、ぱんぱんってほっぺた叩かれませんでしたっけ
力むなよー、リラックスしろよー、みたいな感じで送りだされたような気がするんですよね
全然覚えてないんですよね(笑)

それで結果的にはフォアボール連発という形になってマウンド降りましたけど、そのときのお気持ちっていうのは?
やっちゃったなと。それしかなかったです

伊東さんが監督になられてからよくおっしゃるんですけど「あのときさー俺の引退試合でさー、小野寺がマウンド降りてベンチの裏でストライクがはいりませんって泣くんだよー」って
はは。泣いてたのかなー、泣きそうになったのかそれはちょっとあれですけど
その後伊東監督が来てくれて、いい経験したじゃないかぐらいな、次頑張ればいいみたいなことをいわれて、そういうのをホント暖かく感じて


でもう一週間後、先発経験するんですよね。ロッテ戦
これどうでしたか、だいぶ落ち着いたんじゃないですか
落ち着いて今度は打たれましたよね、だはははは

結構早くに小野寺から名前が変わったような覚えがあるんですけど
3回ぐらいだったんですかね

でもその後の秋季キャンプ、自主トレと翌年の南郷キャンプでいい調整ができたからこそ、勝ちパターンのリリーフとして使われるようになりましたよね
どんなトレーニングされたんですか?
まず気持ち、これ以上悔しいことないなっていう気持ちと、ああいうのを味わいたくない気持ちがあったんでホントに必死ですよね
すべてにおいて休みなく、身体をホントにオフになってから休むことなく動かし続けて、トレーニングし続けてって感じでしたね


疲れませんでした?
疲れより悔しさの方が上回ってたんで

その2つの試合、特にデビュー戦の悔しさがなかったら、もうちょっと身体を休めてたかもしれないところは
それがなかったら、今いないかもしれないですね

原点ですか、プロとしての
ここは原点ですね

ただ先発じゃなくてリリーフなんですよね
小野寺さんは常盤大学でも久保田さんとのダブルエースでしたから、先発完投型のピッチャーとしてライオンズに入ったはずですけど、リリーフ起用というのは自分の中で先発への未練は断ち切れたんですか、すぐに
全然感じなかったです
まず自分が一軍でやれるのがっていうことを考えたときに、どういう使われ方をしてもいいから一軍で結果を残したい、一軍で投げていたいっていうのがあったっすね


とにかく肩をつくると、基本的には1イニングをまかされるという使われ方
ご自分の調整の仕方にとまどいはなかったですか?
毎日投げるってことがなかったんで、ホントにそれが気にはなりましたけどね

実際にはどうでしたか、すぐに適用できたんですか?
大変でしたね、肩の作り方が大変でしたね
毎日投げるのに、球数多くしたら肩に疲労がくるしっていうので


肩を傷めるくせっていいうのあったんで、ナーバスになったと思うんですけど
それは気をつかいましたね

プロ初勝利っていうのが伊東監督の初白星
私の記憶が間違えていなければ、亡くなられたお母様の誕生日?
母親の、・・・なんだっけな・・・母親のたぶん四十九日、四十九日じゃねーな、なんかあったっすよ、そういうの
怒られますね(笑)


ウィニングボールは確か小野寺さんが
いただいて、だけど伊東監督が初白星だってことで監督に渡しにいったら、お前の初勝利だし、母親のこともあったんで、じゃあお前がもっていけって監督からもらって、はい

そのボールは今どちらにありますか?
母親のとこに飾ってます

その後、また右肩いためちゃうんですよねー
そうっすねー

どうしてもついてまわりますね。逆に今ないですよね、僕らが知らないだけかもしれないですけど
戦線離脱ないじゃないですか
ないっすねー、なんとか(笑)

どこがどう変わったんですか、すごいことですよね
やりくりしてるくらい(笑)

鍛えるのか、疲れを抜くのかどっちなんですか?
鍛えて疲れを抜いて、それをうまくやらないと肩にきてしまうんで

右肩痛を経験して、復帰後リーグ優勝と日本一に貢献することができたのは、小野寺さんの中ではかなり満足いったんじゃないですか?
そうですね、日本シリーズを経験させていただいたっていうのはすごいでかいっすね

恐らく野球人・小野寺力として、一番大きな舞台だったと思うんですね、日本シリーズっていうのは
どんな感触でしたか、マウンドに上がって投げたとき
ちょうどそのとき、プレーオフっていうのが入ったんで、あっちの方が緊張したっすね

第1、第2どっちですか?
すべてですね、負けたら終わりだみたいな
部分がすべて緊張があったんで、日本シリーズのときはホント自然に入れたんで


あのときはライオンズ、レギュラーシーズン2位で、3位とのハムとやって楽勝だろうと思ったら1勝1敗で
危なかったですねー(笑)

延長でべんちゃんのサヨナラホームランでてところありましたけど
で第2ステージで、3勝2敗で勝ったと
すごいゲームばっかりでした
すごい試合でしたね、すべて
日本シリーズもすごかったですね


4勝3敗まで。
フルに戦ったライオンズですよね
その中で勝ちパターンリリーフとして穴を開けずにポストシーズン戦ったっていうのはすごい経験だなと思うんですけど
よかったですね
それを味わいたいですね、また


今考えると3年目の2005年目っていうのは中継ぎとしての最後のシーズンでしたよね
不動の守護神豊田清からどんなこと学ばれたんでしょうか
まず野球に対しての姿勢、マウンドにのぼっていく時の気持ちとか、気迫とか、すごい見て学んで、また教えていただいたかなと思います

マウンドに向かうとき、またバッターに対する気迫というのは昔からあったような気がするんですがまた違うものなんですか
そうですね、色々話をきいて、こういう気持ちなんだとかそういう部分で、はい

教えられたことで一番印象に残ってることってなんですか?
それはちょっと、すいません

ご自分の心の中にとどめておきたいってことはありますもんね
はい

命をかけて投げてるって感じがするんですよね、豊田清投手も、今の小野寺力投手も
そんな感覚ってありますか?
ありますね
やっぱりそういう部分でもおしえられたっていう。正直そこが豊田さんに教えていただいた部分かなと
自分の人生もそうだけど、最後投げるときに、他の選手の勝ちが消えてしまう、チームの勝ちが消えてしまう、そういうポジションにいるんだから、そういうぐらいの気持ちで持っていかなきゃだめだみたいなことは言われました


そのためにはキャッチボールの一球もおろそかにするなと
はい

すいません、ボク、豊田さんと結構そういうこと話してるんで
あははは、はい

そのおろそかにしないキャッチボール、豊田さんから返ってくる球は素晴らしいボールですか
素晴らしいですねぇ

どんな風に素晴らしいんですか
見てのとおり、しっかりしたフォームで、構えたところに、少し悪かったらしっかり修正してという
ホントにすごいなと思うばかりでしたね


一歩一歩、豊田清投手の教えを守って近づいてるわけですよね
そうっすね、コントロールは全然近づいてないですけどね(笑)

でも豊田さんよりもより速い剛球があるわけじゃないですか
その辺を自分は磨いていかないといけないと

帽子をとって胸に手をあてる儀式って昔ありましたよね
豊田さんが胸に手をあてるような
はい(笑)

あれいつの間にやめたのかな、なぜやめたのかなっていうのを、なんとなく存じ上げてるんですけど、ご本人の声から聞きたいと(笑)
あれは確かシーズン中、石井貴さんから「オイ、やめろ。お前そんなことやってもかわんねーんだ」と(笑)
「お前それでやって抑えられて、やらなくても抑えられてる、やんないほうがいい、やめろ」「はい、わかりました」と
やめたらその試合抑えられて「だからやめろ」「はい」って


以来やってないですね
やってないです(笑)

もっとやりたかったですか?
落ち着くためにはいいかなと思いますね。ただ後は、マウンドに行く前から落ち着けばいいじゃんって
後は貴さんがマウンドに行く背中、姿を見て、やっぱりこういうやり方もあるなっていう部分と、貴さんの背中を見たからこそ自分も奮い立ったっていうのもあったんですよね


最後をまかされるようになって2年目の今シーズンは連敗地獄も経験するハードな日々が続きましたけど、ご自身の出来、振り返ってみて改めていかがでしょうか
ホントに申し訳ないなと(笑)
ただ今年、自分の中でもちょっと違うのかなっていう部分が、去年だったら同点にされる部分が、1点差でも勝って終われてるなとっていう部分が多いなと


残念ながらナゴヤドームではサヨナラ負けっていう結果に終わってしまいましたけど、チームが連敗モードに入ってたから負けたとしか思えない負け方なんですよね
でもそこを抑えて

ままままま。直前に、タイロン・ウッズを外、今シーズン1,2を争うぐらいのいい球じゃないですか、まっすぐ150km
最高のアウトローの球投げて、見逃し三振とって
その後ファーストゴロじゃないですか
いやいやいや(笑)

誘導尋問になっちゃうからこれ以上は言わないですけど
はい

小野寺さんは確実に素晴らしい守護神への階段を上ってる感じがするんですよね
今年また違うような感じですね

小野寺投手としての野球選手としての原点っていうのは色々あると思うんですけど、ひとつあげるとしたらどこですか
自分が悔しい思いをした、してるっていうのですね

プロに入ったらあのデビュー戦だし、大学のときの初登板のときだしみたいな
はい

こういう経験っていうのは将来、現役をリタイヤしたときに後進への指導に役立つっていうのはあるかもしれないですね
そうですね、悔しい思いをした人間の方が強くなるかもしれないですね

では3日後のリーグ戦再開に向けて、ひとことお願いいたします
これから、チームは勝ち進んでいくと思うんで、みなさんの暖かい応援をお願いします

最後締めてくださいね
はい

絶対に最後笑ってる方ですから、小野寺さんは
はい、わかりました(笑)

今夜のお客様は2007年プロ野球日本一の胴上げ投手が予定されている、西武ライオンズ小野寺力投手でした、ありがとうございました!
ありがとうございました!



これで終了です。
すんごいお待たせしちゃってごめんなさいね。

アップするときに読み返してみたら、一美さんの「最後笑ってる方ですから、小野寺さんは」ってのが
一番最後のマウンドで、力が笑っているところを見たい、見たい、見たい。



↓小野寺力、ガンバレの気持ちを込めて、ポチっと 
 

↓こちらもできましたれば



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コメント

うん、観たい

試合の最後にマウンドで笑っている小野寺力を観たい、観たい、観たーーーい!
そう思ってますよ、切実に。時間、もう少しかかるかもしれないけど、観たい。
また、当たり前の風景になりますように。

トップ、変更されたんですねー 素敵です♪ 
今日はPCからなんで直ぐに気がつけましたけどw

泣、泣・・・!

えーん、読んでて泣けてきました。
本当に、力ってなんて人なんでしょう。
こんなに真面目で優しい野球選手っているんでしょうか。

でも、そんな人だからなおさら戻ってきてほしい!
優しい人でも強いってことを証明してほしい!

ちょうど今日の力のブログに書いてありましたね。
優しすぎるって言われるけど、勝負になったら関係ないって。
ホントにそうだ、って思った。
だから私も力の復活を信じて応援し続けようと改めて思いました。

なおさん、とっても長い文字起し、本当に本当にありがとうございました。
なおさんのブログもこれからも応援し続けますよ~!

しずさん

グラマンにも頑張ってもらいたいですけど、やっぱり最後は小野寺力で、そして笑顔がみたいですよね。
確かに時間はかかりそうです。
辛抱強く待つけど、やっぱりちょっとでも早くみたーい。

はい、変更しました。
変更したてのほやほやです。
変える前のテンプレ、不具合があってずっと変えたかったんですけど、これってのがなくて。
んで、試行錯誤して今のに。

ともさん

私は放送を聴いたときに泣けてきました。
んで、これからも応援していこうと。

この中にもあったように、悔しい思いが力の原点になっていると。
そして悔しい思いをした人間の方が強くなると。
だから力はまた強くなって帰ってくると思ってます。

いやー、今回はさすがに長かったですねー。
でも自分のための記録でもあるんで、やってよかったです。
これからもできるだけ頑張るんで、応援よろしくです♪

お疲れさまです!

おーすごい大作!久々ですねぇ。 聴いていたの忘れてたのは内緒で・・。
改めて読むと、小野寺はいろんな経験してるんだなぁと思いました。イジラレキャラだけど、人間できてるんだなと・・・。こういう人は強いと思う。(あ、オレみたいw)絶対また強い小野寺は帰ってくる!と確信。

テンプレも替えて、後半戦へばっちり充電できましたかぁ??
ではでは(^o^)/(あれ、絵文字できないかな?)

たかまろさん

力は強いっていうか、一歩一歩強くなっていってるんだと思う。
これから楽しみな選手のひとり。

>あ、オレみたいw
却下

野球がないうちにっとあれやこれやバタバタしていて、充電どころか放電しちゃった感じ。
週の頭から疲れてるw

コメントの絵文字、できないのは入ってないから。
入れます・・・・たぶんw

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なお

Author:なお
大阪出身、ただいま東京多摩地区棲息。
野球が好きです。
ライオンズが大好きです。

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